愛と霊性【晴】 ― 2005年11月02日
厄年辺りのここ2、3年、かなりダークサイドな事象に着目し、自分もダークサイドな状況に陥った。
ただスターウォーズのエピソード3の公開と、僕のダークサイドな時期がシンクロしていたり、生活に現れる様々な符丁が、どうもダークサイドについて熟考せよ、という天からの指令だった気はする。
確かに、いろいろなことを学んだし、新たな認識も得た。
これからそれを少しづつ整理していこうと思っている。
一つ大きく相も変わらず言えることは、やはり人類の進むべき道は、愛と霊性だということは、ダークサイドについて考えていく中でも、ハッキリ認識できたことだ。
ただスターウォーズのエピソード3の公開と、僕のダークサイドな時期がシンクロしていたり、生活に現れる様々な符丁が、どうもダークサイドについて熟考せよ、という天からの指令だった気はする。
確かに、いろいろなことを学んだし、新たな認識も得た。
これからそれを少しづつ整理していこうと思っている。
一つ大きく相も変わらず言えることは、やはり人類の進むべき道は、愛と霊性だということは、ダークサイドについて考えていく中でも、ハッキリ認識できたことだ。
第四期【晴】 ― 2005年11月09日
ドラクエやファイナルファンタジーをやりだすと、しばらくそれに没頭して、生活がその”時代”みたいな感じになってしまったりする。
最近の僕の生活ではアメリカドラマの「24」が、この”時代”感覚を醸し出すアイテムだ。
僕はレンタルで、このシーズン4を借りて来た。
平日には、夜更かししてしまう為なるべく見ないようにしているのだが・・・。今手元にあって、非常に強い試聴願望と戦っているとこだ。
このドラマは、結構ダークサイドな世界が出てくる。
ドラマの面白さもあり、又ダークサイドな世界を垣間見て勉強してみるのにはちょうど良いテキストかもしれん。
最近の僕の生活ではアメリカドラマの「24」が、この”時代”感覚を醸し出すアイテムだ。
僕はレンタルで、このシーズン4を借りて来た。
平日には、夜更かししてしまう為なるべく見ないようにしているのだが・・・。今手元にあって、非常に強い試聴願望と戦っているとこだ。
このドラマは、結構ダークサイドな世界が出てくる。
ドラマの面白さもあり、又ダークサイドな世界を垣間見て勉強してみるのにはちょうど良いテキストかもしれん。
暗黒面から光明面へ【晴】 ― 2005年11月11日
スターウォーズエピソード3のDVDの発売が近づいてきた。早くまた見てえ。
ファンサイトなどでは、スターウォーズ旧作・新作のどちらが良いか等の議論が活発になっているようだ。
僕はといえば、勿論どちらがどうとは言えない。
新旧で大きく違うと思うところは、旧作が割と映画らしく、テーマも親子愛・友情・恋愛など幅広く扱っているのに対し、新作は「ダークサイド」を非常に重点的に扱っているところだ。
僕は考えるに、これはルーカスが意識するしないに関らず、現代の人類において、未だダークサイドな局面に遭遇する場面が多く生じ得ること、それから現代人がダークサイド、闇を、あまり理解しておらず、闇に堕ちているのに気づいていないことに対する、ある意味忠告というか、そうした流れがあるのでは無いかと思う。
別にこれは脅しとか引きずり下ろそうというわけでは無く、こう考えると良いと思う。
ちなみにこっからは、あくまでも僕の空想タイムですけど。
例えば大学の卒業シーズン間近になると、卒論を提出するのを義務づけられる。
ダークサイドとの対面は、人類の進化における、ある意味”卒論”の如き意味合いがあるのでは無いか。
では人類は、一体何から卒業するのか?。
卒業時期は、2012年とも言われているし、2000年だったとの説もある。
今回のこの大学期は、15世紀くらいに始まったとも言われている。
まあ今から何年が、その時期だといっても、それでやるべきことに変わりはないので、その年自体が人間にとって最重要なことでは無い。
今期は人間がある意味、物質的な考え、物質主義、科学万能主義に支配された時代だった。
古代の人間は、現代に比べ霊性ともっと密接にあった。
それは「当たり前」であり、言い替えれば「無意識」であった。言ってしまえばそれを本当に理解していたのでは無かったかもしれない。
もしそのまま行っていたら、人間は真の進化ができなかったかもしれない。
人間は現代において、それを一旦自分達から切り離した。霊性とは幻想だ、幻覚だ、という考えをするように至った。
光の中だけにいると、光が何者なのか、その重大さにはなかなか気づかないものだ。
闇があって、初めて光の存在を意識的に見るようになる。
それと同じように、霊性を一旦捨て去り物質主義の中に没入することで、初めて霊性を意識的に振り返るようになる。
これからの時代、今度は人類は霊性を「意識的」に考えるようになる。
霊性と切り離された物質主義からの卒業。
それが現代だったのだ。
かつて無意識で当たり前だった光の存在を、人類は今度は意識的に見つめるようになる。かつてはまだ獲得されていなかった個我の自由を携えて。
光を当然のこと無意識のこととしてでは無く「意識的」に考えるようになる。
ダークサイドは、その為の準備、今までの時代の象徴的な事象だった・・・、と、僕は考えているのである。
であるから「ダークサイド」に対する人類の対応が、言わば卒論のテーマのようなもの、とも言えるのでは無いか・・・、と、僕は考えているのである。
コブクロの「ここにしか咲かない花」という僕も大変好きな楽曲があり、この曲はまさにブライトサイドからの語りかけのような歌だと感じている。
その歌詞にこんな一節が出てくる。
”闇が教えてくれるのは、そこにある悲しみだけじゃない。うつむく顔を上げて振返れば、そこにある光に気づくだろう”。
この曲を、晴れた日に瑠璃色の海を前にして、うつむいていた顔を上げて空を見ながら聴いてみれば、光からのメッセージが受け取れるかもしれない。
ファンサイトなどでは、スターウォーズ旧作・新作のどちらが良いか等の議論が活発になっているようだ。
僕はといえば、勿論どちらがどうとは言えない。
新旧で大きく違うと思うところは、旧作が割と映画らしく、テーマも親子愛・友情・恋愛など幅広く扱っているのに対し、新作は「ダークサイド」を非常に重点的に扱っているところだ。
僕は考えるに、これはルーカスが意識するしないに関らず、現代の人類において、未だダークサイドな局面に遭遇する場面が多く生じ得ること、それから現代人がダークサイド、闇を、あまり理解しておらず、闇に堕ちているのに気づいていないことに対する、ある意味忠告というか、そうした流れがあるのでは無いかと思う。
別にこれは脅しとか引きずり下ろそうというわけでは無く、こう考えると良いと思う。
ちなみにこっからは、あくまでも僕の空想タイムですけど。
例えば大学の卒業シーズン間近になると、卒論を提出するのを義務づけられる。
ダークサイドとの対面は、人類の進化における、ある意味”卒論”の如き意味合いがあるのでは無いか。
では人類は、一体何から卒業するのか?。
卒業時期は、2012年とも言われているし、2000年だったとの説もある。
今回のこの大学期は、15世紀くらいに始まったとも言われている。
まあ今から何年が、その時期だといっても、それでやるべきことに変わりはないので、その年自体が人間にとって最重要なことでは無い。
今期は人間がある意味、物質的な考え、物質主義、科学万能主義に支配された時代だった。
古代の人間は、現代に比べ霊性ともっと密接にあった。
それは「当たり前」であり、言い替えれば「無意識」であった。言ってしまえばそれを本当に理解していたのでは無かったかもしれない。
もしそのまま行っていたら、人間は真の進化ができなかったかもしれない。
人間は現代において、それを一旦自分達から切り離した。霊性とは幻想だ、幻覚だ、という考えをするように至った。
光の中だけにいると、光が何者なのか、その重大さにはなかなか気づかないものだ。
闇があって、初めて光の存在を意識的に見るようになる。
それと同じように、霊性を一旦捨て去り物質主義の中に没入することで、初めて霊性を意識的に振り返るようになる。
これからの時代、今度は人類は霊性を「意識的」に考えるようになる。
霊性と切り離された物質主義からの卒業。
それが現代だったのだ。
かつて無意識で当たり前だった光の存在を、人類は今度は意識的に見つめるようになる。かつてはまだ獲得されていなかった個我の自由を携えて。
光を当然のこと無意識のこととしてでは無く「意識的」に考えるようになる。
ダークサイドは、その為の準備、今までの時代の象徴的な事象だった・・・、と、僕は考えているのである。
であるから「ダークサイド」に対する人類の対応が、言わば卒論のテーマのようなもの、とも言えるのでは無いか・・・、と、僕は考えているのである。
コブクロの「ここにしか咲かない花」という僕も大変好きな楽曲があり、この曲はまさにブライトサイドからの語りかけのような歌だと感じている。
その歌詞にこんな一節が出てくる。
”闇が教えてくれるのは、そこにある悲しみだけじゃない。うつむく顔を上げて振返れば、そこにある光に気づくだろう”。
この曲を、晴れた日に瑠璃色の海を前にして、うつむいていた顔を上げて空を見ながら聴いてみれば、光からのメッセージが受け取れるかもしれない。
注意が逸れた時は要注意【晴】 ― 2005年11月12日
スターウォーズ新シリーズで見られるシスのダークサイドな手口は、こんな感じだ。
1.クローン大戦を引き起こし、一見分離主義の反乱と見せかけ、実は自分の最大の敵であるジェダイを疲弊させ一掃し、銀河を乗っとる意図があった。仲間と思われていた分離主義者は後で抹殺されてしまう。
2.シス卿ダース・シディアスすなわちパルパティーンは、自分の野望を遂げる為に、有能なアナキンスカイウォーカーと親しくなり弱みを握り、自分の側へ引き込む。
これは言い換えるとこうなる。
1注意を他の一見重要そうな事象に向けさせ、一番重要なことから目をそらさせる。あるいは虚偽の情報を流し、状況を混乱させる。
2.自分が利用したい者を気づかないように安心させ親しげに近づく。気づいたらもう抜け出せなくなっている。
アメリカのドラマ「24」でも1や2が非常に良く出てくる。
これらは映画やドラマに限らず、我々の日常でも良く見かけられるダークサイドなやり口だ。
僕らも時々日常の雑事に追われ大切なことを見失うことは良くある。
マスコミで流布しているようなニュースも、かつて第二次大戦でそうだったように、本当は国民の注意を逸らす為で、実は裏で何か別なことが画策されていても全くおかしくは無い状況だ。
ところで人類にとって目を曇らされ忘れている大切なこととは何だろうか?。ダークサイドによって目を曇らされ見失う大切なこととは何だろうか?。
それはいろいろあるかもしれないが、僕が思うに大きなことは、愛の大切さに気づくこと、そして人間にとって霊性が欠かせないものだと認識すること、ではないかと思う。
誰しも愛の暖かさや、愛によってトラブルが解決したりする体験を、それが愛だとは気づかなくても一度はしたことがあるはずだ。それを、その時の感覚を僕らは良く思い出さなくてはいけない。
ダークサイドにとって一番困ることは何か?。
それは我々が愛のパワーを持つことだろう。物質的価値観が崩壊し、権力や富では無い、違う価値観に人間が向かうこと、愛を基本法とすることに人類が向かうこと、それがダークサイドにとっては対極なことだろう。
敢えて、こういう言い方をするならば、大多数の平凡で善良な人々が愛のパワーを身につければ、世界全体の波動は上がるはずだ。
そうして今とは違ったレベル、空気で人々は問題に対処することができるはずだ。
逆に言えば、大多数の平凡で善良な人々が愛を忘れ霊を忘れ物質的なことだけに価値観を見いだしていくならば、物質的な力を支配しているダークサイドにとっては思うツボなのである。
大多数の平凡で善良な人々が物質的な波動に波長を下げてくれれば、ダークサイドにとっては一番操作し易く味方に付け易く、これほど力強いものは無い。
であるから、ダークサイドにとって一番困ることは、大多数の平凡で善良な人々が愛のパワーで波動を高めることなのである。
だから我々が愛を忘れ霊を忘れ、物質的な価値に身を捧げるような方向に行っているとしたら、それはダークサイドに向かっていると、自分で気づいて、いつでも軌道修正した方が良いだろう。
ただスターウォーズにおいてアナキンスカイウォーカーがそうだったように、情愛深い人ほどダークサイドには堕ち易い。
ダークサイドは、そこに付込んでくる。というか付込み易いからだ。
ここで必要になってくるのが、精神的な鍛錬なのである。
1.クローン大戦を引き起こし、一見分離主義の反乱と見せかけ、実は自分の最大の敵であるジェダイを疲弊させ一掃し、銀河を乗っとる意図があった。仲間と思われていた分離主義者は後で抹殺されてしまう。
2.シス卿ダース・シディアスすなわちパルパティーンは、自分の野望を遂げる為に、有能なアナキンスカイウォーカーと親しくなり弱みを握り、自分の側へ引き込む。
これは言い換えるとこうなる。
1注意を他の一見重要そうな事象に向けさせ、一番重要なことから目をそらさせる。あるいは虚偽の情報を流し、状況を混乱させる。
2.自分が利用したい者を気づかないように安心させ親しげに近づく。気づいたらもう抜け出せなくなっている。
アメリカのドラマ「24」でも1や2が非常に良く出てくる。
これらは映画やドラマに限らず、我々の日常でも良く見かけられるダークサイドなやり口だ。
僕らも時々日常の雑事に追われ大切なことを見失うことは良くある。
マスコミで流布しているようなニュースも、かつて第二次大戦でそうだったように、本当は国民の注意を逸らす為で、実は裏で何か別なことが画策されていても全くおかしくは無い状況だ。
ところで人類にとって目を曇らされ忘れている大切なこととは何だろうか?。ダークサイドによって目を曇らされ見失う大切なこととは何だろうか?。
それはいろいろあるかもしれないが、僕が思うに大きなことは、愛の大切さに気づくこと、そして人間にとって霊性が欠かせないものだと認識すること、ではないかと思う。
誰しも愛の暖かさや、愛によってトラブルが解決したりする体験を、それが愛だとは気づかなくても一度はしたことがあるはずだ。それを、その時の感覚を僕らは良く思い出さなくてはいけない。
ダークサイドにとって一番困ることは何か?。
それは我々が愛のパワーを持つことだろう。物質的価値観が崩壊し、権力や富では無い、違う価値観に人間が向かうこと、愛を基本法とすることに人類が向かうこと、それがダークサイドにとっては対極なことだろう。
敢えて、こういう言い方をするならば、大多数の平凡で善良な人々が愛のパワーを身につければ、世界全体の波動は上がるはずだ。
そうして今とは違ったレベル、空気で人々は問題に対処することができるはずだ。
逆に言えば、大多数の平凡で善良な人々が愛を忘れ霊を忘れ物質的なことだけに価値観を見いだしていくならば、物質的な力を支配しているダークサイドにとっては思うツボなのである。
大多数の平凡で善良な人々が物質的な波動に波長を下げてくれれば、ダークサイドにとっては一番操作し易く味方に付け易く、これほど力強いものは無い。
であるから、ダークサイドにとって一番困ることは、大多数の平凡で善良な人々が愛のパワーで波動を高めることなのである。
だから我々が愛を忘れ霊を忘れ、物質的な価値に身を捧げるような方向に行っているとしたら、それはダークサイドに向かっていると、自分で気づいて、いつでも軌道修正した方が良いだろう。
ただスターウォーズにおいてアナキンスカイウォーカーがそうだったように、情愛深い人ほどダークサイドには堕ち易い。
ダークサイドは、そこに付込んでくる。というか付込み易いからだ。
ここで必要になってくるのが、精神的な鍛錬なのである。
星って何?【晴】 ― 2005年11月13日
ふと考えてみると、なぜ空に月があるんだろう?、星って何?、なぜ空にあるの?、そんな疑問が沸いてくる。
星どころか、僕らは自分の身体についてさえ良くわかっていない。
なぜ食べられるものと食べられないものを分けることができるのだろうか?。
食べ物を食べると、こっちが頼んでもいないのに勝手に消化活動を始めるのはなぜか?。しばらく何日かしてから消化したっていいではないか。
そう、僕らの身体は、僕らの預知らぬ所で勝手に動いている。10時間20時間眠りたいと思っても、ある程度の時間が来ると目が覚める。勝手に眠くなり、勝手に起きる。
ただ僕らの身体の仕組みは実に精巧で、驚くべきものがある。
こんな立派な仕組みを一体誰が作ったのか?。
現実主義的に答えれば、それはこういう回答になる。
僕らのオカン。
が、この回答は「自動車を作った人は誰?」と聞いて「工場のオジサン」と答えるのと同じで、ほとんどギャグに近いレベルだ。
もしオカンが人間の身体を作ったのなら、きっと僕らの「なぜ胃より大腸の方が長いの?」とか「目を二つにしたのはなぜなの?」とかいった問いかけに明確な答えを出してくれることだろう。なぜなら作った人だから。
でも実際はオカンはHしたら後は勝手にできてしまったことまでしか知らないはずだ。Hしてあとの製造工程は自分の身体に任せ切りだったはずだ。
結局「早く風呂入って寝なさい」などとはぐらかされて終わるのが関の山だろう。
オカンはあくまでも素材と製造場所の提供者、すなわち工場そのものであって、人間の設計者では無いからだ。
では一体誰が作ったのか?。
最近、確証は無いけれど確信しつつある答えがある。
それは我々の身体を作ったのは「天体」である、という仮説だ。
確証は無い、といったが、それを暗示するような事象は我々にも周知のものとしてあることはある。
例えば女性の生理の周期が月の公転周期と同期を取っていること。
例えば12星座、すなわち恒星の位置が、人間の精神や身体の形成に関連していること。
例えば、アインシュタインによると、物質の大元は辿っていけば「光」であるという。地球に光を供給しているのは、太陽を始めとした星々達で、地球の素材が天体から供給されたものであることを推測させ得ること。
等等だ。
実のところを言うと、僕は今さも知り始めたかのように勿体ぶって話をしてしまったが、ドイツの神秘学者だったルドルフシュタイナーの著作などを読むと、この辺の話、すなわち我々の出生に際して、月や太陽やその他の星が、どのように作用するか?が、ごく自然に納得のいく形で述べられている。
星というのが、実は我々人間とは切っても切り離せない、てゆーか、まず星があって、その影響下に人間は誕生して来たことがわかる。
ちょっと段階を踏まないとわかりにくいことも多いが、そこに述べられていることは今の物質的価値観の蔓延した我々の世界の認識レベルでは結構驚くべきことも多々ある。
なぜ星があるのか?という問いの回答がある。
もっと言うと、星に在位している霊達の力によって、我々が誕生してきているというのがわかる。
そして今まで僕らとは無関係に見えた天体の存在が、突如意味を持ったものとして認識され始める。
こうしたことを知識としてインプットしておくだけで、天体の見方が変わり、それに関連したものの認識も変わり始める。
すなわち意識が宇宙と繋がり始めるのである。
星どころか、僕らは自分の身体についてさえ良くわかっていない。
なぜ食べられるものと食べられないものを分けることができるのだろうか?。
食べ物を食べると、こっちが頼んでもいないのに勝手に消化活動を始めるのはなぜか?。しばらく何日かしてから消化したっていいではないか。
そう、僕らの身体は、僕らの預知らぬ所で勝手に動いている。10時間20時間眠りたいと思っても、ある程度の時間が来ると目が覚める。勝手に眠くなり、勝手に起きる。
ただ僕らの身体の仕組みは実に精巧で、驚くべきものがある。
こんな立派な仕組みを一体誰が作ったのか?。
現実主義的に答えれば、それはこういう回答になる。
僕らのオカン。
が、この回答は「自動車を作った人は誰?」と聞いて「工場のオジサン」と答えるのと同じで、ほとんどギャグに近いレベルだ。
もしオカンが人間の身体を作ったのなら、きっと僕らの「なぜ胃より大腸の方が長いの?」とか「目を二つにしたのはなぜなの?」とかいった問いかけに明確な答えを出してくれることだろう。なぜなら作った人だから。
でも実際はオカンはHしたら後は勝手にできてしまったことまでしか知らないはずだ。Hしてあとの製造工程は自分の身体に任せ切りだったはずだ。
結局「早く風呂入って寝なさい」などとはぐらかされて終わるのが関の山だろう。
オカンはあくまでも素材と製造場所の提供者、すなわち工場そのものであって、人間の設計者では無いからだ。
では一体誰が作ったのか?。
最近、確証は無いけれど確信しつつある答えがある。
それは我々の身体を作ったのは「天体」である、という仮説だ。
確証は無い、といったが、それを暗示するような事象は我々にも周知のものとしてあることはある。
例えば女性の生理の周期が月の公転周期と同期を取っていること。
例えば12星座、すなわち恒星の位置が、人間の精神や身体の形成に関連していること。
例えば、アインシュタインによると、物質の大元は辿っていけば「光」であるという。地球に光を供給しているのは、太陽を始めとした星々達で、地球の素材が天体から供給されたものであることを推測させ得ること。
等等だ。
実のところを言うと、僕は今さも知り始めたかのように勿体ぶって話をしてしまったが、ドイツの神秘学者だったルドルフシュタイナーの著作などを読むと、この辺の話、すなわち我々の出生に際して、月や太陽やその他の星が、どのように作用するか?が、ごく自然に納得のいく形で述べられている。
星というのが、実は我々人間とは切っても切り離せない、てゆーか、まず星があって、その影響下に人間は誕生して来たことがわかる。
ちょっと段階を踏まないとわかりにくいことも多いが、そこに述べられていることは今の物質的価値観の蔓延した我々の世界の認識レベルでは結構驚くべきことも多々ある。
なぜ星があるのか?という問いの回答がある。
もっと言うと、星に在位している霊達の力によって、我々が誕生してきているというのがわかる。
そして今まで僕らとは無関係に見えた天体の存在が、突如意味を持ったものとして認識され始める。
こうしたことを知識としてインプットしておくだけで、天体の見方が変わり、それに関連したものの認識も変わり始める。
すなわち意識が宇宙と繋がり始めるのである。
金曜いいとも&シューベルト【晴】 ― 2005年11月19日
「笑っていいとも」で、さまあ〜ずが、木曜から金曜に移った。
当初、木曜の習字の企画達筆王を離れちゃったり、金曜の”輝け許センス大賞”に入ったり、ちょっと違和感があったが、今や”輝け許センス大賞”も、かつての内Pを彷彿させるノリになってるし、さすがさまあ〜ず、やってくれる。
あと南海キャンディーズが入ったことでタモリ達とのコラボレーションもイイし、金曜いいともオーケーです。南海キャンディーズの山ちゃんも最高。
さまあ〜ずは、ツボや感性が合ってて、非常にコンテンポラリーに好きな芸人さんだ。
あと今週、月曜坂下千里子と木曜井上和香が番組中に泣くという、奇跡?が起こった。日曜のいいとも増刊号で特集するらしい。
ところで話はガラっと変わって、我が郷里静岡県焼津市では今日は「おいべっさん」、すなわち恵比寿講の縁日に当たる。
そして我が身内の中でも精神形成において僕に影響力の大きかった母方の祖父の命日でもある。
そして奇しくも、オーストリアの音楽家シューベルトの命日でもあるとされている。
同じ11月生まれの僕にとっては、何かしら只ならぬ縁を感じる日だ。
シューベルトというと「アヴェマリア」「未完成交響曲」「魔王」あたりの名前が出てくる。
確かにこれらの楽曲の素晴らしさは今更言うまでも無いところなのであるが、おそらく一般的なシューベルトのイメージはここで止っていることだろう。
これは学校教育の弊害かもしれない。上記の曲はシューベルトの世界からすれば、ほんのごく小さな部分でしかない。
先行する、あまりにも偉大なベートーヴェンや、後に続く絢爛豪華なロマン派の狭間にあって、若くしてその生涯を閉じたシューベルトの音楽作品は、正直正当に市井に理解されているとは言い難い。
一般的には歌曲の作曲家としてのイメージが強い。しかし器楽曲、特に晩年のものを聴くと、その到達し得た境地は、とても30そこそこの精神とは思えない深さと新しさがある。
僕は、ある意味、彼こそ本当の純粋な音楽における天才だったのだろうと思う。
それはあのあまりにも有名な「アヴェマリア」からだって伺いしれる。
主旋律の美しさもさることながらピアノの伴奏の実に音楽的な陰影に満ちた美しさは、この音楽の魂と天上との分かち難い結びつきを髣髴とさせるものだ。
てなわけで、しばらくシューベルト強化月間に入ります。
ん?、それがどーしたって?。
当初、木曜の習字の企画達筆王を離れちゃったり、金曜の”輝け許センス大賞”に入ったり、ちょっと違和感があったが、今や”輝け許センス大賞”も、かつての内Pを彷彿させるノリになってるし、さすがさまあ〜ず、やってくれる。
あと南海キャンディーズが入ったことでタモリ達とのコラボレーションもイイし、金曜いいともオーケーです。南海キャンディーズの山ちゃんも最高。
さまあ〜ずは、ツボや感性が合ってて、非常にコンテンポラリーに好きな芸人さんだ。
あと今週、月曜坂下千里子と木曜井上和香が番組中に泣くという、奇跡?が起こった。日曜のいいとも増刊号で特集するらしい。
ところで話はガラっと変わって、我が郷里静岡県焼津市では今日は「おいべっさん」、すなわち恵比寿講の縁日に当たる。
そして我が身内の中でも精神形成において僕に影響力の大きかった母方の祖父の命日でもある。
そして奇しくも、オーストリアの音楽家シューベルトの命日でもあるとされている。
同じ11月生まれの僕にとっては、何かしら只ならぬ縁を感じる日だ。
シューベルトというと「アヴェマリア」「未完成交響曲」「魔王」あたりの名前が出てくる。
確かにこれらの楽曲の素晴らしさは今更言うまでも無いところなのであるが、おそらく一般的なシューベルトのイメージはここで止っていることだろう。
これは学校教育の弊害かもしれない。上記の曲はシューベルトの世界からすれば、ほんのごく小さな部分でしかない。
先行する、あまりにも偉大なベートーヴェンや、後に続く絢爛豪華なロマン派の狭間にあって、若くしてその生涯を閉じたシューベルトの音楽作品は、正直正当に市井に理解されているとは言い難い。
一般的には歌曲の作曲家としてのイメージが強い。しかし器楽曲、特に晩年のものを聴くと、その到達し得た境地は、とても30そこそこの精神とは思えない深さと新しさがある。
僕は、ある意味、彼こそ本当の純粋な音楽における天才だったのだろうと思う。
それはあのあまりにも有名な「アヴェマリア」からだって伺いしれる。
主旋律の美しさもさることながらピアノの伴奏の実に音楽的な陰影に満ちた美しさは、この音楽の魂と天上との分かち難い結びつきを髣髴とさせるものだ。
てなわけで、しばらくシューベルト強化月間に入ります。
ん?、それがどーしたって?。
光と闇の統合【晴】 ― 2005年11月21日
ここ数年スターウォーズでいうところのダークサイド、すなわち悪・闇について熟考することが多かった。
ちょうど僕自身厄年を経ていたこともあった。
とりあえずダークサイドに対する心構えみたいなものは、感得しはじめてきたような気もする(曖昧な表現だな)。
昨日は高橋Qちゃんも復活したようだし、僕も厄年抜けたことだし、これからはダークサイドを踏まえつつ再び人生の善なる側面、ブライトサイドに重点的に焦点を当てていこうと思う。
夢の実現、心癒される素晴らしい自然や、大切な人との出会い、旅、芸術、笑い、喜び、感動、そして宇宙の神秘、などなど。
僕の場合まず手始めに、女体の神秘だな。では、さて早速エロビデオで女体の神秘を研究するか。えーと、加藤鷹の秘儀伝授潮吹き入門、これなんかイイかもしれんぞ、うん。
ん?、どこがブライトサイドなんだよだって?。
・・・ですよねえ・・・。
はいっ、今日はこれでオシマイ、閉店ガラガラッ(ますだおかだの、岡田のギャグです)。
ちょうど僕自身厄年を経ていたこともあった。
とりあえずダークサイドに対する心構えみたいなものは、感得しはじめてきたような気もする(曖昧な表現だな)。
昨日は高橋Qちゃんも復活したようだし、僕も厄年抜けたことだし、これからはダークサイドを踏まえつつ再び人生の善なる側面、ブライトサイドに重点的に焦点を当てていこうと思う。
夢の実現、心癒される素晴らしい自然や、大切な人との出会い、旅、芸術、笑い、喜び、感動、そして宇宙の神秘、などなど。
僕の場合まず手始めに、女体の神秘だな。では、さて早速エロビデオで女体の神秘を研究するか。えーと、加藤鷹の秘儀伝授潮吹き入門、これなんかイイかもしれんぞ、うん。
ん?、どこがブライトサイドなんだよだって?。
・・・ですよねえ・・・。
はいっ、今日はこれでオシマイ、閉店ガラガラッ(ますだおかだの、岡田のギャグです)。
意志の強化には【晴】 ― 2005年11月22日
予約しておいたスターウォーズエピソード3のDVDが、どうやら明日23日に配送してもらえるらしい。
ところが残念ながら明日も出勤で家に不在なんだよな。このままだと手元に届くのは、今週末の土日になりそうだ。
あーあ。せっかく楽しみにしてたのにい・・・。
但し、である。
望みが叶えられない、というのは、どうも必ずしも悪いことでは無いらしい。
これまたシュタイナーの「人間の四つの気質」という本に書いてあったのであるが、「意志の強化」の訓練には、「望みを抑えて実行しないこと」が役立つことがあるそうだ。但しこれは、”叶えられなくても無害な望み”に限るらしい。
望みの抑制が、アストラル体という人間の感受体に対する自我の支配力の強化に繋がるらしい(難解ですか)。
中途挫折や、優柔不断、引っ込み思案に悩む人は、自我がアストラル体をコントロール仕切れてないからだろう。
そーんな時どーする。
そんな時は、自分が望んでいるもので今は実現しなくても良い、という望みを抑制してみる。
そーすっと、自我が強化されっから!。アストラル体に負けて感情に流される、な〜んてこと無くなって、エイチエーピイピイワイ、つーかHAPPYな気分になれっから!(なんか、あべこうじになっちゃった)。
僕の場合「発売日当日に又スターウォーズエピソード3のDVDを見たい」という、叶えられなくても無害な望みが、早くも明日抑制されることになる。
これで自我が強化され、僕は又意志が強くなっちゃった・・・はずだ。たぶん。つか、そんな気がする。みたいな・・・、あ〜、でもなあ(なってねえじゃんっ!)。
ところが残念ながら明日も出勤で家に不在なんだよな。このままだと手元に届くのは、今週末の土日になりそうだ。
あーあ。せっかく楽しみにしてたのにい・・・。
但し、である。
望みが叶えられない、というのは、どうも必ずしも悪いことでは無いらしい。
これまたシュタイナーの「人間の四つの気質」という本に書いてあったのであるが、「意志の強化」の訓練には、「望みを抑えて実行しないこと」が役立つことがあるそうだ。但しこれは、”叶えられなくても無害な望み”に限るらしい。
望みの抑制が、アストラル体という人間の感受体に対する自我の支配力の強化に繋がるらしい(難解ですか)。
中途挫折や、優柔不断、引っ込み思案に悩む人は、自我がアストラル体をコントロール仕切れてないからだろう。
そーんな時どーする。
そんな時は、自分が望んでいるもので今は実現しなくても良い、という望みを抑制してみる。
そーすっと、自我が強化されっから!。アストラル体に負けて感情に流される、な〜んてこと無くなって、エイチエーピイピイワイ、つーかHAPPYな気分になれっから!(なんか、あべこうじになっちゃった)。
僕の場合「発売日当日に又スターウォーズエピソード3のDVDを見たい」という、叶えられなくても無害な望みが、早くも明日抑制されることになる。
これで自我が強化され、僕は又意志が強くなっちゃった・・・はずだ。たぶん。つか、そんな気がする。みたいな・・・、あ〜、でもなあ(なってねえじゃんっ!)。
イメージすること【晴】 ― 2005年11月23日
いつもより20分遅く出て、5分早く職場に着いた。これが休日ダイヤなんです。
今日は僕の昨日の予見通り、スターウォーズエピソード3のDVDを手にすることはできなかった。
まあイイ。
これで僕の自我は強化され、意志力がついたはずだ。
最近やっと予見通り物事が進むことが多くなって来た。
ただこれらは蠍座が順境になった為であるからのようだ。
昨年あたりだと、自分のイメージしたことと全く逆方向に物事が進んでったり、全然予期せぬ方向、それも自分には不都合な方向に話が進んでったり、イメージだけではどうしようもない事態がしばしば起こった。
たぶんこれを運命というのだろう、と思った。
順境の時にはイメージ通りに物事が運び、逆境の時にはイメージ通りにいかない。全く当たり前のこと。
これではそもそも人間の自由意志というものが無く、運命の前には無力だ、ということになってしまう。
しかし、ここで冷静に考えてみた。
そもそも「良いことをイメージする」とは、どういうことなのか?。
「良いこと」とは、どんなことなのか?。自分にとって良いことでも、他人にとっては悪いことだったらどうするのか?。
「自分が成功すること」は、愛よりも大事なことなのか?。
次々と疑問が出て来た。
ただ言えることが一つあるのには気づいた。
それはイメージすることで価値があると確実にいえるのは、他人の為に祈ること、だと。
今日は僕の昨日の予見通り、スターウォーズエピソード3のDVDを手にすることはできなかった。
まあイイ。
これで僕の自我は強化され、意志力がついたはずだ。
最近やっと予見通り物事が進むことが多くなって来た。
ただこれらは蠍座が順境になった為であるからのようだ。
昨年あたりだと、自分のイメージしたことと全く逆方向に物事が進んでったり、全然予期せぬ方向、それも自分には不都合な方向に話が進んでったり、イメージだけではどうしようもない事態がしばしば起こった。
たぶんこれを運命というのだろう、と思った。
順境の時にはイメージ通りに物事が運び、逆境の時にはイメージ通りにいかない。全く当たり前のこと。
これではそもそも人間の自由意志というものが無く、運命の前には無力だ、ということになってしまう。
しかし、ここで冷静に考えてみた。
そもそも「良いことをイメージする」とは、どういうことなのか?。
「良いこと」とは、どんなことなのか?。自分にとって良いことでも、他人にとっては悪いことだったらどうするのか?。
「自分が成功すること」は、愛よりも大事なことなのか?。
次々と疑問が出て来た。
ただ言えることが一つあるのには気づいた。
それはイメージすることで価値があると確実にいえるのは、他人の為に祈ること、だと。
とりとめねえ〜【晴】 ― 2005年11月24日
電車の中で小沢真珠そっくりな女性を見かけた。
でもたぶんチョットふっくらしてたので、おそらく本人では無かったと思う。
そんで、そのノリで家に帰ってテレビつけて日テレのダウンタウンDX見たら小沢真珠が出ていた。
果たして、この天からのメッセージは何でしょう?!。
とりあえずキーワードは小沢真珠、これでしばらくアンテナ張ることに致します。
さてと。
喉痛てえ〜。
どうも風邪が流行ってるらしいな。たぶんヤラレタ。間違いなくヤラレタ。
こないだ酉の市の縁日で、ふと買って食べた、韓国風のおやき、というのがとても美味しかった。
今日の日記とりとめねえ〜。ま、酉の市だけに、おあとがよろしいようで。
でもたぶんチョットふっくらしてたので、おそらく本人では無かったと思う。
そんで、そのノリで家に帰ってテレビつけて日テレのダウンタウンDX見たら小沢真珠が出ていた。
果たして、この天からのメッセージは何でしょう?!。
とりあえずキーワードは小沢真珠、これでしばらくアンテナ張ることに致します。
さてと。
喉痛てえ〜。
どうも風邪が流行ってるらしいな。たぶんヤラレタ。間違いなくヤラレタ。
こないだ酉の市の縁日で、ふと買って食べた、韓国風のおやき、というのがとても美味しかった。
今日の日記とりとめねえ〜。ま、酉の市だけに、おあとがよろしいようで。
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