枕詞は「お先に大きい方から」 ― 2006年09月01日
美容院の看板に書いてあった「ヘアモード」という単語を見て「ヘアヌード」と見間違え過剰に反応してしまった今日この頃です。
コンビニのレジなどで万札を出した後、釣銭を渡してもらう時、札を先に渡してもらい後で小銭を貰う。
それで札を出す時にレジのネエチャンなどが「お先に大きい方から8千円…」などと言う。
今回僕は1200円の買い物をして、1万200円出したので、釣りは8千円ピッタリだった。先にも後にも8千円だけのハズだった。
ところがレジのネエチャンはいつもの習慣が出てしまったのか、「お先に大きい方から8千円のお返しです」などとの賜って、そのやりとりは終了してしまった。
僕は思わず心の中で、一瞬間を置いた後、心の中でコケて「…、後あるのかよっ!」と突っ込んでしまった。お先じゃねえよっ。
この時必要なセリフは「8千円のお返しです」だけで良い。「お先に大きい方から…」というセリフがつくだけで3秒程のロスがある。3秒を侮るなかれ。3秒でも結構なことができる。もし仮に例えば長澤まさみと3秒キスすることができただけでも、きっと人生変わってしまうくらいのインパクトがあることだろう。ま、実際あり得ないけど。
この時の「お先に大きい方から…」は全く意味が無いセリフである。むしろ誤解を生む分、無駄である。8千円はその時の何に比べても「大きい方」でも何でも無い。
そう言えば国語で、”意味が無いが使用される”、などという説明で教わった「枕詞」というのがある。
もしかしてネエチャンは「お先に大きい方から…」を、和歌における「枕詞」のように使用していたのだろうか?。だったら侮れんが。逆に。「お金」の現代的枕詞が「お先に大きい方から」なのだろうか?。だったら侮れんが。逆に。
確かに枕詞は”意味が無い”というように教わった記憶がある。
しかし、大方意味の無いセリフというのは無いもんだ。
枕詞も、何か歌の空気感を作ったり、テンポを作ったりするなどの、何かしらの意味があるのだろう。
そう考えるとネエチャンの「お先に大きい方から…」も、あながち全く意味が無かった、ということは言い切れない。
そこで考えてみたのだが、意味の無い言葉で会話を繋げる、ということは、もしかして?、オレと離れるのが嫌で、オレをもっと繋ぎ止めておきたかったから意味の無い言葉で会話を繋げた?…、そうかもなあ…!。そうだ!、きっとそうに違いない!。
オレってモテてたじゃん!?。ははは!。
ん?、拡大解釈にも程があるだと?。
…ですよねえ…。
コンビニのレジなどで万札を出した後、釣銭を渡してもらう時、札を先に渡してもらい後で小銭を貰う。
それで札を出す時にレジのネエチャンなどが「お先に大きい方から8千円…」などと言う。
今回僕は1200円の買い物をして、1万200円出したので、釣りは8千円ピッタリだった。先にも後にも8千円だけのハズだった。
ところがレジのネエチャンはいつもの習慣が出てしまったのか、「お先に大きい方から8千円のお返しです」などとの賜って、そのやりとりは終了してしまった。
僕は思わず心の中で、一瞬間を置いた後、心の中でコケて「…、後あるのかよっ!」と突っ込んでしまった。お先じゃねえよっ。
この時必要なセリフは「8千円のお返しです」だけで良い。「お先に大きい方から…」というセリフがつくだけで3秒程のロスがある。3秒を侮るなかれ。3秒でも結構なことができる。もし仮に例えば長澤まさみと3秒キスすることができただけでも、きっと人生変わってしまうくらいのインパクトがあることだろう。ま、実際あり得ないけど。
この時の「お先に大きい方から…」は全く意味が無いセリフである。むしろ誤解を生む分、無駄である。8千円はその時の何に比べても「大きい方」でも何でも無い。
そう言えば国語で、”意味が無いが使用される”、などという説明で教わった「枕詞」というのがある。
もしかしてネエチャンは「お先に大きい方から…」を、和歌における「枕詞」のように使用していたのだろうか?。だったら侮れんが。逆に。「お金」の現代的枕詞が「お先に大きい方から」なのだろうか?。だったら侮れんが。逆に。
確かに枕詞は”意味が無い”というように教わった記憶がある。
しかし、大方意味の無いセリフというのは無いもんだ。
枕詞も、何か歌の空気感を作ったり、テンポを作ったりするなどの、何かしらの意味があるのだろう。
そう考えるとネエチャンの「お先に大きい方から…」も、あながち全く意味が無かった、ということは言い切れない。
そこで考えてみたのだが、意味の無い言葉で会話を繋げる、ということは、もしかして?、オレと離れるのが嫌で、オレをもっと繋ぎ止めておきたかったから意味の無い言葉で会話を繋げた?…、そうかもなあ…!。そうだ!、きっとそうに違いない!。
オレってモテてたじゃん!?。ははは!。
ん?、拡大解釈にも程があるだと?。
…ですよねえ…。
冥王星が降格したら ― 2006年09月02日
冥王星が惑星を降格になるそうだ。
「降格」て。
なんや地球人の方が格上みたいな言い方になっとるやないかい。
僕は蠍座なのだが、確か冥王星は蠍座の支配星だか守護星だか何だかだったように聞いた覚えがある。
あれ?、ちゅーことは蠍座、守護無くなっちゃう訳?。聞いてないんだけど…。事前に一言言ってよね〜。
実のところを言うと、僕自身、前々から冥王星というのは、どうも何かトラブルを授けてくれるような、どっちかいえば、ダークサイドなイメージのある星だった。
それが今回降格ということになるわけだ。
僕にとっては、鬼コーチが転勤で他の学校へ移って行く、というイメージが無いでも無い。
欧米は九月が新学期シーズンと聞くが、そうした新学期を迎えるに当たっての人事異動やら最上級生の卒業やらで、天上界も何やら動きがあったのかもしれない。
鬼コーチには申し訳ないというか、悪気は全くないのだが、差し支えなければ「目の上のたんこぶがとれた」という表現を使用させていただきたいというか、つまりは鬼コーチのいる厳しい学校を、ようやく晴れて卒業できることになったような気がしないでも無い。
ただ守護が無くなる、ということは、ようやく天上界的に本格的に社会の荒波に放り出された、ということになるだろうか?。
ま、全くの空想ですけど。
「降格」て。
なんや地球人の方が格上みたいな言い方になっとるやないかい。
僕は蠍座なのだが、確か冥王星は蠍座の支配星だか守護星だか何だかだったように聞いた覚えがある。
あれ?、ちゅーことは蠍座、守護無くなっちゃう訳?。聞いてないんだけど…。事前に一言言ってよね〜。
実のところを言うと、僕自身、前々から冥王星というのは、どうも何かトラブルを授けてくれるような、どっちかいえば、ダークサイドなイメージのある星だった。
それが今回降格ということになるわけだ。
僕にとっては、鬼コーチが転勤で他の学校へ移って行く、というイメージが無いでも無い。
欧米は九月が新学期シーズンと聞くが、そうした新学期を迎えるに当たっての人事異動やら最上級生の卒業やらで、天上界も何やら動きがあったのかもしれない。
鬼コーチには申し訳ないというか、悪気は全くないのだが、差し支えなければ「目の上のたんこぶがとれた」という表現を使用させていただきたいというか、つまりは鬼コーチのいる厳しい学校を、ようやく晴れて卒業できることになったような気がしないでも無い。
ただ守護が無くなる、ということは、ようやく天上界的に本格的に社会の荒波に放り出された、ということになるだろうか?。
ま、全くの空想ですけど。
隠れた名〜【晴】 ― 2006年09月03日
ipodも大分使い慣れてきた。
podcastというのも取り込んだ。ますだおかだのオールナイトニッポンや、”いつもここから”の番組を聞いている。
ビデオpodcastというのもあって、磯山さやかのビデオpodcastなどをダウンロードして、通勤帰りに見たりして「ビデオpodcast」を「ビデオpodキャスポッド」などと天然な言い間違いを磯山がしているのに癒されなどしている。
やっぱipodで画像が見られるというのは結構イイかもしれん。
曲の方は、いつしか5000曲を超え最終的には7、8千曲あたりで落ち着くのではと思われる。
こんだけ曲があると、検索も大変なので、プレイリストというやつを地道に作ってる今日この頃だ。
それにしても、改めてこうした数多くの曲に触れてみると、いわゆる「隠れた名曲」というのが一杯あるのがわかる。
こんなにイイ曲なのに、なぜ知ってる人が少ないのだ?と疑問に思う音楽ばかりだ。
ある世代では有名だったのに、時の流れととともに忘れ去られ、今や隠れた(埋もれた)名曲なんかもある。 ま例えばデビーブーンの「You Light Up My Life」とか、ランディヴァンウォーマーの「Just When I Needed You Most」などがある。
有名な大衆曲を蔑むわけでは決して無いのだが、「隠れた名曲」ばかりを集めて作ったプレーリストの方が、そうした有名曲の寄せ集めのベストよりも、遥かに良く、崇高で格調高いベストになる。
たぶん「隠れた名曲」の方が圧倒的に数は多いのだろう。
隠れているからといって、有名曲に劣っているということは決して無いし、ともすれば有名曲よりイイものだって沢山ある。
* * *
こんなことを考えていたら、ふと「あ、これ人も同じかもな…」と思った。
つまりは「隠れた名人」というか「隠れた聖人」というか「隠れた立派な人」は、きっとゴマンといるに違いない。これだけ隠れた名曲があるのだから。
誰かの死後、初めて生前の業績が紹介され、こんなスゴイ人いたんだ!とビックリすることは多い。ただそんな人はその中の非常に幸運な、世に出る運命を携えた人なのだ。
まだまだ「隠れた聖人」は一杯いるはずだ。
毎日何人の人とすれ違うのかは、計り知れないが、仮に百人いたら、一人ぐらいは「隠れた聖人」はいるだろう。それが300日なら300人はいる。ま、こんな計算は全く根拠が無いのでやめるが、つまりは「隠れた名曲」と同じように「隠れた名人」も、きっとどこかに隠れているに違いない。
podcastというのも取り込んだ。ますだおかだのオールナイトニッポンや、”いつもここから”の番組を聞いている。
ビデオpodcastというのもあって、磯山さやかのビデオpodcastなどをダウンロードして、通勤帰りに見たりして「ビデオpodcast」を「ビデオpodキャスポッド」などと天然な言い間違いを磯山がしているのに癒されなどしている。
やっぱipodで画像が見られるというのは結構イイかもしれん。
曲の方は、いつしか5000曲を超え最終的には7、8千曲あたりで落ち着くのではと思われる。
こんだけ曲があると、検索も大変なので、プレイリストというやつを地道に作ってる今日この頃だ。
それにしても、改めてこうした数多くの曲に触れてみると、いわゆる「隠れた名曲」というのが一杯あるのがわかる。
こんなにイイ曲なのに、なぜ知ってる人が少ないのだ?と疑問に思う音楽ばかりだ。
ある世代では有名だったのに、時の流れととともに忘れ去られ、今や隠れた(埋もれた)名曲なんかもある。 ま例えばデビーブーンの「You Light Up My Life」とか、ランディヴァンウォーマーの「Just When I Needed You Most」などがある。
有名な大衆曲を蔑むわけでは決して無いのだが、「隠れた名曲」ばかりを集めて作ったプレーリストの方が、そうした有名曲の寄せ集めのベストよりも、遥かに良く、崇高で格調高いベストになる。
たぶん「隠れた名曲」の方が圧倒的に数は多いのだろう。
隠れているからといって、有名曲に劣っているということは決して無いし、ともすれば有名曲よりイイものだって沢山ある。
* * *
こんなことを考えていたら、ふと「あ、これ人も同じかもな…」と思った。
つまりは「隠れた名人」というか「隠れた聖人」というか「隠れた立派な人」は、きっとゴマンといるに違いない。これだけ隠れた名曲があるのだから。
誰かの死後、初めて生前の業績が紹介され、こんなスゴイ人いたんだ!とビックリすることは多い。ただそんな人はその中の非常に幸運な、世に出る運命を携えた人なのだ。
まだまだ「隠れた聖人」は一杯いるはずだ。
毎日何人の人とすれ違うのかは、計り知れないが、仮に百人いたら、一人ぐらいは「隠れた聖人」はいるだろう。それが300日なら300人はいる。ま、こんな計算は全く根拠が無いのでやめるが、つまりは「隠れた名曲」と同じように「隠れた名人」も、きっとどこかに隠れているに違いない。
ドンブリメシ3杯は喰えねえ ― 2006年09月09日
最近メシ=白米が沢山食べられなくなってきた。
年のせいだ。ジローラモと同じ今年で44だからな。チョイワルオヤジの領域だ。
今、松屋の定食のご飯が”お代わり自由”なっていて、こないだ隣に座ってた若い学生風情アンチャンが、少ないオカズでドンブリメシ3杯お代わりして粘ってたのを見て、まるで宇宙人がメシ喰ってるかのように、たまげてしまった。
僕だって体格は小さい部類に入るが20代の頃は貧乏性も加勢して確実にドンブリメシ3杯は軽くいけてた。
もう、今は無理だ。とてもじゃねえがいけねえ。3杯はさすがに無理だ。
いつから無理になってしまったのかワカランガが無理だ。
そう言えば、一体いつから無理になってしまったのか?。
無理になってしまったからには「今日からドンブリメシ3杯は無理ですので関係各方面にもヨロシク」という通知というか、そういう日があったはずだと思うのだが、そうした連絡がきていたのに気づかず(?)、結局気がついたら「ドンブリメシ3杯は無理」になっていた。
昔はもの凄く憧れていた「腹一杯のメシ」なのに…。
人生40年も経つと、意識がガラッと変わるもんだな。
年のせいだ。ジローラモと同じ今年で44だからな。チョイワルオヤジの領域だ。
今、松屋の定食のご飯が”お代わり自由”なっていて、こないだ隣に座ってた若い学生風情アンチャンが、少ないオカズでドンブリメシ3杯お代わりして粘ってたのを見て、まるで宇宙人がメシ喰ってるかのように、たまげてしまった。
僕だって体格は小さい部類に入るが20代の頃は貧乏性も加勢して確実にドンブリメシ3杯は軽くいけてた。
もう、今は無理だ。とてもじゃねえがいけねえ。3杯はさすがに無理だ。
いつから無理になってしまったのかワカランガが無理だ。
そう言えば、一体いつから無理になってしまったのか?。
無理になってしまったからには「今日からドンブリメシ3杯は無理ですので関係各方面にもヨロシク」という通知というか、そういう日があったはずだと思うのだが、そうした連絡がきていたのに気づかず(?)、結局気がついたら「ドンブリメシ3杯は無理」になっていた。
昔はもの凄く憧れていた「腹一杯のメシ」なのに…。
人生40年も経つと、意識がガラッと変わるもんだな。
愛のカタチ ― 2006年09月10日
今パソコンはIntelCPUを搭載したappleのMacbookというのを使っている。
BootCampというappleのソフトを導入して、WindowsXPも動かせるようにした。
これでWinでしか動かない機能が使えるようになった。
僕の携帯のauで提供してるMusicPortというソフトも使用できるようになって、携帯のバックアップや携帯への音楽データや写真の転送なども普通にできるようになった。
今までのPowerMacG3&ツーカー携帯時代と比べたら、雲泥の環境の差だ。
インターネットのサイトで、やはりWinでしか見られない「パソコンテレビGYAO」というのも見られるようになった。
ただ、これはIntelMacだからなのか良くワカランのだが、接続がイマイチで、一回で繋がらない場合が多い。
ヤケクソで何度もガチャガチャとクリックしていると、急に繋がったりする。
ともあれ、こないだ試しにちょっとHな「愛のカタチ」という番組を見てみた。
最初は興味半分で見ていたが、見ていくうちにハマッて、結構タメになった。
女性目線での女性のためのSEX番組ということで、見ていても結構サワヤカというか、何か性というものに対して結構真摯な感じになった。
結局12話全部見切ってしまった。
現在は既にシリーズの最初の方のやつは放送終了してしまっていて視聴はできないが、DVDが出てるらしいので、思わず買おうかなと思ってるくらいだ。
なんだよ、Winユーザー、こんなイイもの見てたんだ…。なんかマックユーザー今まで損してた感じだよな…。
BootCampというappleのソフトを導入して、WindowsXPも動かせるようにした。
これでWinでしか動かない機能が使えるようになった。
僕の携帯のauで提供してるMusicPortというソフトも使用できるようになって、携帯のバックアップや携帯への音楽データや写真の転送なども普通にできるようになった。
今までのPowerMacG3&ツーカー携帯時代と比べたら、雲泥の環境の差だ。
インターネットのサイトで、やはりWinでしか見られない「パソコンテレビGYAO」というのも見られるようになった。
ただ、これはIntelMacだからなのか良くワカランのだが、接続がイマイチで、一回で繋がらない場合が多い。
ヤケクソで何度もガチャガチャとクリックしていると、急に繋がったりする。
ともあれ、こないだ試しにちょっとHな「愛のカタチ」という番組を見てみた。
最初は興味半分で見ていたが、見ていくうちにハマッて、結構タメになった。
女性目線での女性のためのSEX番組ということで、見ていても結構サワヤカというか、何か性というものに対して結構真摯な感じになった。
結局12話全部見切ってしまった。
現在は既にシリーズの最初の方のやつは放送終了してしまっていて視聴はできないが、DVDが出てるらしいので、思わず買おうかなと思ってるくらいだ。
なんだよ、Winユーザー、こんなイイもの見てたんだ…。なんかマックユーザー今まで損してた感じだよな…。
いつになくスピリチュアル? ― 2006年09月16日
今日は休日出勤だった。数日来の不具合対応をしていて、何とか日中早いうちに一段落つけることができた。
今の職場は今までと比べて比較的人間関係とか諸処の面で安定していて、なおかつ時間単価がいいので、残業や休出しても、報われる感がある。
相変わらずプライベートな時間は少ない。でも何とかやっている。あ〜、オレも今は金に魂を売り渡してしまってるな。
世の中には金で買えない価値のあるものがある…、と言う。確かにその通りだ。
でもこの台詞は、金に十分満ち足りた経験を経た人じゃないと言えない台詞かもな。
やっぱりある程度の金があると生活が安定して、気も安らぐもんだ。
ともあれ仕事が終わった後、少し時間があったので、久しぶりに長い距離を歩いた。
結局、練馬〜江古田〜千川〜大山〜池袋本町〜板橋〜西ヶ原と歩いた。
かなりの距離ではあるが、音楽を聴きながらの散策は全然苦にならない。強いて言えば、途中音楽に感動して、突然公衆の面前で泣き出してしまうことが恥ずかしいくらいだ。
大山の駅近辺の商店街は、どこか大阪の商店街の雰囲気に似ていて、僕にとっては何か旅をしているような気分にさせてくれる、親しみやすい街だ。ちなみに大山商店街はかつての川越街道だそうだ。
散策途中、実家のオカンに誕生日のメールを出す。
そう言えば、僕の使っている au携帯でも、他社の携帯に絵文字メールが出せるようになった。
携帯メールも普段は、ほとんどせず、たまにする田舎の友人や仕事関係だと男性なので絵文字は使いにくく、大抵絵文字使用は女性用メールくらいになってしまうが、女性だと今主にメールしてるのは二人だけで、一人はお気に入りのキャバネエチャン、もう一人がオカンなのだ。
二人ともDoCoMoユーザーなので、今まではアドレス変換して絵文字サイト経由で、みたいな面倒くさいことをして送っていたのが、今は何もしなくていいので助かる。
ちょっと話は飛ぶが、こないだ我がインテルマックで、Windowsを動かすためのソフト「BootCamp」というののバージョンアップがあったのでインストールした。
そうしたらWindowsでしか見られないインターネットのTVサイト「GYAO」に接続する時に、発生していた接続不備が解消されていた。気持ちよく一発で繋がるようになっていた。
auとDoCoMo、マックとWindows、何か段々とこうした異なる世界の技術環境にあった垣根が徐々に取れてきている気もするのだが…。
きっと陰では開発サイドの大きな苦労があったのだろう。
帰ってから録画しといた「オーラの泉」を見る。
プロレスの前田日明が出ていた。
最初何か凄い感じがあったが、番組後半徐々に落ち着いてきたような感じだった。いつになくドラマティックな回だった印象を受けた。
前田氏の前世は武将に関係しているらしい。
僕も自分の過去世と武士が関係しているような気がしているので、何となく戦いの歴史というか、その感じは、わかるというか共感できるような気がしないでも無い。
「オーラの泉」には、さすが有名人だけあって、霊性の高い人も出ているようだ。
ただ、そうした人であっても、必ず見ている一般視聴者の示唆となるような、サンプル的な事例として出てくる感じがある。全然違う生活環境にいる人たちでも、見ていれば、必ず何かのメッセージを受け取ることはできるのだろう。
そう言えば今日散策途中、板橋近辺では随所に御輿が出ていた。随所で祭りがあった。
たまたま散策した場所で祭りが行われていると、何かに呼ばれたような気になるものだ。
あと、散策の行程で、なぜか偶然行き会わせた子供と良い形のコンタクトを取る場面が二度会った。
どうも今日はいつもよりもスピリチュアルな日だったようだ。これも休出がもたらしてくれたのだから、人間万事塞翁が馬、何が幸いするかわからないもんだ。
今の職場は今までと比べて比較的人間関係とか諸処の面で安定していて、なおかつ時間単価がいいので、残業や休出しても、報われる感がある。
相変わらずプライベートな時間は少ない。でも何とかやっている。あ〜、オレも今は金に魂を売り渡してしまってるな。
世の中には金で買えない価値のあるものがある…、と言う。確かにその通りだ。
でもこの台詞は、金に十分満ち足りた経験を経た人じゃないと言えない台詞かもな。
やっぱりある程度の金があると生活が安定して、気も安らぐもんだ。
ともあれ仕事が終わった後、少し時間があったので、久しぶりに長い距離を歩いた。
結局、練馬〜江古田〜千川〜大山〜池袋本町〜板橋〜西ヶ原と歩いた。
かなりの距離ではあるが、音楽を聴きながらの散策は全然苦にならない。強いて言えば、途中音楽に感動して、突然公衆の面前で泣き出してしまうことが恥ずかしいくらいだ。
大山の駅近辺の商店街は、どこか大阪の商店街の雰囲気に似ていて、僕にとっては何か旅をしているような気分にさせてくれる、親しみやすい街だ。ちなみに大山商店街はかつての川越街道だそうだ。
散策途中、実家のオカンに誕生日のメールを出す。
そう言えば、僕の使っている au携帯でも、他社の携帯に絵文字メールが出せるようになった。
携帯メールも普段は、ほとんどせず、たまにする田舎の友人や仕事関係だと男性なので絵文字は使いにくく、大抵絵文字使用は女性用メールくらいになってしまうが、女性だと今主にメールしてるのは二人だけで、一人はお気に入りのキャバネエチャン、もう一人がオカンなのだ。
二人ともDoCoMoユーザーなので、今まではアドレス変換して絵文字サイト経由で、みたいな面倒くさいことをして送っていたのが、今は何もしなくていいので助かる。
ちょっと話は飛ぶが、こないだ我がインテルマックで、Windowsを動かすためのソフト「BootCamp」というののバージョンアップがあったのでインストールした。
そうしたらWindowsでしか見られないインターネットのTVサイト「GYAO」に接続する時に、発生していた接続不備が解消されていた。気持ちよく一発で繋がるようになっていた。
auとDoCoMo、マックとWindows、何か段々とこうした異なる世界の技術環境にあった垣根が徐々に取れてきている気もするのだが…。
きっと陰では開発サイドの大きな苦労があったのだろう。
帰ってから録画しといた「オーラの泉」を見る。
プロレスの前田日明が出ていた。
最初何か凄い感じがあったが、番組後半徐々に落ち着いてきたような感じだった。いつになくドラマティックな回だった印象を受けた。
前田氏の前世は武将に関係しているらしい。
僕も自分の過去世と武士が関係しているような気がしているので、何となく戦いの歴史というか、その感じは、わかるというか共感できるような気がしないでも無い。
「オーラの泉」には、さすが有名人だけあって、霊性の高い人も出ているようだ。
ただ、そうした人であっても、必ず見ている一般視聴者の示唆となるような、サンプル的な事例として出てくる感じがある。全然違う生活環境にいる人たちでも、見ていれば、必ず何かのメッセージを受け取ることはできるのだろう。
そう言えば今日散策途中、板橋近辺では随所に御輿が出ていた。随所で祭りがあった。
たまたま散策した場所で祭りが行われていると、何かに呼ばれたような気になるものだ。
あと、散策の行程で、なぜか偶然行き会わせた子供と良い形のコンタクトを取る場面が二度会った。
どうも今日はいつもよりもスピリチュアルな日だったようだ。これも休出がもたらしてくれたのだから、人間万事塞翁が馬、何が幸いするかわからないもんだ。
今の仕事も… ― 2006年09月17日
古いパソコンから新しいのへのデータ移行も、ようやく終焉した。
今回随分思い切って捨てたデータも多い。だが新しい時代へと向かう為に、ここは思い切った。
そして古いPCのハードディスクを初期化して作業終了。あとはリサイクルに出すだけとなった。
移行途中、ちょっとしたトラブルに見舞われた。
古いPCで撮ったスクリーンショットのデータを、USBメモリにコピーしようとすると、途中でパソコンが固まってしまう、というものだった。
マックでスクリーンショットを撮ると、「スクリーン1」などといった名称で保存される。
いつもは自分の職業にブツブツ文句を言っている僕だが、この時だけはコンピューター業界で少なからず生きてきた直感が働いた。
「日本語がマズイんでねえの?」
正確な原因は今もわからない。ただ長年の経験で、コンピュータと日本語は、時に相性が悪いという経験があったので、直感的にこれが悪さの原因だと感じ、直ちにスクリーンショットの「スクリーン1」というような名称を、全部「sc01」などというように、半角英数のみの名前に置き換えた。
そうしたら、うまく全部コピーできたのである。
サポートにもマニュアルにもインターネットにも他人にも頼らず、自分の直感だけでパソコンのトラブル解決した。
普段は蔑んでいた自分の今の職だが、人間万事塞翁が馬、人生何が幸いするかわからないもんだ。
今回随分思い切って捨てたデータも多い。だが新しい時代へと向かう為に、ここは思い切った。
そして古いPCのハードディスクを初期化して作業終了。あとはリサイクルに出すだけとなった。
移行途中、ちょっとしたトラブルに見舞われた。
古いPCで撮ったスクリーンショットのデータを、USBメモリにコピーしようとすると、途中でパソコンが固まってしまう、というものだった。
マックでスクリーンショットを撮ると、「スクリーン1」などといった名称で保存される。
いつもは自分の職業にブツブツ文句を言っている僕だが、この時だけはコンピューター業界で少なからず生きてきた直感が働いた。
「日本語がマズイんでねえの?」
正確な原因は今もわからない。ただ長年の経験で、コンピュータと日本語は、時に相性が悪いという経験があったので、直感的にこれが悪さの原因だと感じ、直ちにスクリーンショットの「スクリーン1」というような名称を、全部「sc01」などというように、半角英数のみの名前に置き換えた。
そうしたら、うまく全部コピーできたのである。
サポートにもマニュアルにもインターネットにも他人にも頼らず、自分の直感だけでパソコンのトラブル解決した。
普段は蔑んでいた自分の今の職だが、人間万事塞翁が馬、人生何が幸いするかわからないもんだ。
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