現実は何も無い【雨】2005年10月10日

 誰しも小さい頃良く遊んだ場所があるだろう。
 僕だったら近くの寺院や神社で隠れんぼや鬼ごっこをして遊んだもんだ。
 紙芝居のオジサンが来ていた公園などもあった。
 今は街が変わってしまって、僕の記憶の中にしか無い場所もある。

 そうして遊んだ小さい頃のキラメクような想いを自分の印象に忠実に表現するのは難しいかもしれない。
 自分の想いは自分にしかわからず、それは永遠に自分の中に生きているだけであり、例え表現したとしても、思ったものとは別なものになっているのかもしれない。でもそれはそれで良いのであろう。

 ある一人のミュージシャンは、少年の頃親しんだ場所を題材に曲を作った。
 そこは全てが夢のような幻想的な空間であり、彼の中では永遠に生きている場所であった。
 そこにある「彼の木」には誰も登ってこれない。その木は高いか低いかだけで、誰も彼を理解できないだろう、と歌う。

 このイギリスのリヴァプールにある救世軍の孤児院のいちご畑を歌った、少々難解にも聞こえる歌は、当時彼の属していたロックバンドの作風とは一線を画すもので、ファンの中には、そのサウンドに面食らったものもいたようだ。事実今まで出す曲出す曲、全てチャートの1位に輝いていたのが、この曲は2位止まりという不名誉な記録を作ってしまう。
 しかしながら、やがてこの曲は、このバンドの最高傑作の一つとも称されるような楽曲となった。

 「Strawberry Fields Forever」と銘打たれたこの楽曲は、ビートルズのサウンドが飛躍を遂げた転換期を象徴する曲として非常に重要な位置を占めている。ビートルズの音楽的革命が、まさにビックバンのようにはじけたような楽曲だ。

 僕自身、自分の小さい頃の想い出を何かに表現するには、どういう手法を取ったらいいんだろう?と時々空想してみることがある。
 この「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」という曲は、ジョン・レノンの一つの模範解答である。
 それにしてもこのモチーフ、何というイメージの広がり方なのだろう。少年時代を題材にと言った時、ジョンがやると、こうなるんだ・・・、。
 この曲を聴くたびに、僕はまだまだジョンの木には至ることはできねえな、と思うのである。
(勿論、昨日のジョンの生誕65年に因んでね)。