心理分析したものの2010年01月09日

 僕は以前から人の心理や性格を分析するのが好きで、占いなどを見ても、その傾向があるらしく、素質もあると思っていた。

 少し前の話になるが、昔の職場の人、仮にA氏とするが、そのA氏と酒を飲んでいる時に、A氏の後輩、仮にB君とするが、B君の話になり、A氏が最近B君とうまくいっていないというようなことを言っていたので、僕はここぞとばかりに、そのB君の日常行動から、性格心理分析をし、得意になってA氏に話していた。

 B君のプライベートも、多少知っているA氏に、B君は幼少時代、おそらくこうこうこうだったはずだ、などと得意げに指摘すると、「確かにその通り、鋭い指摘である」とA氏も納得していたので、僕も「やっぱり、そうでしょう」と深く自己満足に浸っていた。

 ところが後日、またA氏と飲む機会があり、またまたB君の話になったので、僕は又もや得意の心理分析を披露しようとした。
するとA氏が、こんな意味のことを僕に告げた。
 「前回指摘のあった件は確かにその通りであるが、あからさまに指摘されると、指摘された方は非常に傷つく。尚かつ貴君(僕のこと)の勝ち誇ったようなリアクションを見ると更に追い打ちをかけられたように傷つく」・・・と。

 前回僕はB君の心理分析をしたのであるが、今まで僕がB君について話した分析には、実はたまたまA氏自身も当てはまっていた時があったらしく、その時、自分の古傷に触れられてしまったようで、A氏自身大変傷ついていたようなのであった。

 A氏は、このように割と正直に言ってくれる人だったので良かった。そうでなければ僕は、このある意味悪癖に気づかなかったかもしれない。

 人の性格の、目立ってしまう部分、ハッキリ言えば欠点みたいなものは、得てしてその人の最も深い傷・トラウマに繋がっていることが多い。
 人は成長するために、いつかはこの傷と向かい会わなくてはいけない時がくるかもしれない。
 しかし、その為には、ある程度の心理的準備や、その準備期間といったものも必要なことは確かだ。
 僕は、人の最もデリケートな傷に、麻酔もかけずにいきなりメスをブチ込んでしまったようなものだった。

 この一件があってから、人と話をして心理分析をする場合は、その場の空気を確かめてから徐々にするようにした。
 それからその分析が当たったとしても「やっぱりそうでしょ・どうだ見たことか」系のリアクションはしないよう注意することにした。
 分析で大事なのは、その分析が当たることでは無く、分析した結果、どう対応したり改善したりしていくかということが、大事、ということにも、この時気づかせてもらったのであった。

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